かつての地域社会には、経済的・宗教的な活動を目的とする「講」という組織がありました。元々は仏典の講義をする会合を意味しましたが、やがて宗教行事における集団や行事などを指すようになります。民間信仰は講を母体に発展し、周辺環境や習俗に応じて地域独自の特徴を見せ始めます。これらの民間信仰は地域の人々の繋がりを強め、精神的な拠り所となり、その結果として信仰に関わる石碑が多く造立されました。
しかし最近では、世相の変化や過疎化によって担い手が減少しており、講の解散や伝統的祭事の衰退が目立つようになりました。道ばたに取り残された石碑の中には、かつて行われていた講の祭事を記すものがあり、その歴史を静かに語り続けています。普段は気にもとめない石碑でも、これらは地域の記憶を後世に伝える貴重な文化財の一つといえるでしょう。
今回の企画展では、「石」という半永久的に残る素材に刻まれた松島町の民間信仰について、拓本や講中資料を中心にご紹介します。また本展をきっかけに、皆様の故郷の歴史文化にも関心を持って頂けたら幸いです。
| 観音講と三聖堂 | |||
|---|---|---|---|
| 作品名称 | 作者 | 時代 | 数量 |
| 扁額「三聖堂」拓影 | 原字:鵬雲東搏筆 | 江戸時代 | 1面 |
| 山守三社大権現 | 丹源文叔筆 | 江戸時代 | 1幅 |
| 産神像画賛 | 東江筆 中方明哉賛 | 江戸時代 | 1幅 |
| 西国三十三所観音図 | 1幅 | ||
| 慈母観音図 | 1幅 | ||
| 経木経 | 江戸時代 | 1式 | |
| 御籠部屋新築記念写真 | 大正時代 | 1枚 | |
| 三十三年御開帳記念写真 | 昭和時代 | 1枚 | |
| 三聖堂講中資料 | 1式 (絵馬・法要道具・奉納品ほか) |
||
| 奉納札 | 江戸時代 | 1式 | |
| 奉納経 | 江戸時代 | 1枚 | |
| 観音講結衆碑 | 江戸時代 | パネル展示 | |
| 扁額「宮城三拾三番札所」 | 明治時代 | 1面 | |
| 念仏講と雲居念仏 | |||
| 作品名称 | 作者 | 時代 | 数量 |
| 阿弥陀三尊図 | 別道崇通賛 | 江戸時代 | 1幅 |
| 雲居希膺像 | 藤孝卜筆 叔堂宗甫賛 |
江戸時代 | 1幅 |
| 六字名号 | 他阿上人尊如筆 | 江戸時代 | 1幅 |
| 往生要歌 | 雲居希膺作 | 江戸時代 | 1冊 |
| 往生要歌 | 木戸掩斉筆 雲居希膺認 |
江戸時代 | 1幅 |
| 結集名号碑拓影 | 原字: 鵬雲東搏筆 |
江戸時代 | 1幅 |
| 百万遍用具 | 江戸時代 | 1式 | |
| 庚申信仰と庚申塔 | |||
| 作品名称 | 作者 | 時代 | 数量 |
| 清浄真言庚申塔拓影 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 庚申真言庚申塔拓影 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 巳待・庚申塔拓影 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 青面金剛立像 | 江戸時代 | パネル展示 | |
| 五庚申塔拓影 | 大正時代 | 1幅 | |
| 庚申塔拓影 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 諸法集 | 松樹院 | 江戸時代 | 1冊 |
| 青面金剛図 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 代参講と信仰の旅 | |||
| 作品名称 | 作者 | 時代 | 数量 |
| 出羽三山碑拓影 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 明治銘出羽三山碑 | 明治時代 | パネル展示 | |
| 湯殿山勤行懺悔禮拝法則 | 松樹院 | 江戸時代 | 1冊 |
| 湯殿山月山羽黒山三社護摩供家内安全攸版木 | 松樹院 | 江戸時代 | 1枚 |
| 奥州塩竈松嶋金華山羽州湯殿山鳥海山浪花講定宿附獨案内 | 太田屋與八郎刊 | 江戸時代 | 1枚 |
| 秋葉山大権現碑拓影 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 火用心箴札拓影 | 江戸時代 | 1幅 | |
| 秋葉月参萬人講企(祈)願記版木 | 1枚 | ||
| 秋葉山大権現御牘版木 | 松樹院 | 江戸時代 | 1枚 |

三聖堂奉納品の一つ。観音経普門品を細字で写経した後、大きく「奉納諸願成就 松嶋住人僧 九拜」と記す。更に同じ経文を用いて輪郭線とし、蓮の花と葉を表現している。

政宗正室・陽徳院から悟りへの近道を問われた雲居が、道歌百八首の分かりやすい内容で示した教本。当本は本山妙心寺の反対にあった際に、焼却を免れた貴重な1冊である。
数珠・数え札・版木・バレン・刷毛・曲物・収納箱等からなる。巨大な数珠は、極楽往生を願って十人ずつの僧・信者が輪になり、鉦声に合わせて念仏を唱えながら順送りに回す。

上部中央に青面金剛を表す種子ウーンが付され、その周りを身心潔斎の時に唱えられる清浄真言で囲む。

出羽三山は山形県の月山・羽黒山・湯殿山の総称で、山岳信仰の霊場とされる。各山々に本地仏が見立てられ、庶民の間では過去・現在・未来を巡る「生まれ変わりの旅」として信仰が広まった。

独案内とは、人に聞かなくても読めば分かる案内書のことで、松島・塩竃を中心に主要地までの道程や距離が記される。江戸後期には講による宿泊網が出来上がり、門前町や宿坊が整備された。