臨済宗の僧になるためには、専門道場(僧堂)での修行が欠かせません。臨済宗の僧堂は全国に40ヶ寺あり、瑞巌寺の東側に建つ陽徳院もその一つです。陽徳院の山門には「瑞巌寺専門道場」の看板が掲げられ、全国各地から集まった雲水(修行僧)が、勤行・作務・坐禅などの修行に日々励んでおります。
僧堂が新たに設けられることを「開単(かいたん)」と呼びます。これは禅堂内で雲水が生活する畳一枚ぶんの場所を「単(たん)」と呼ぶことに由来します。全国各地にある僧堂の開単時期はそれぞれ異なり、瑞巌寺専門道場(通称・瑞巌僧堂)は大正15年(1926)、瑞巌寺126世・盤龍禅楚によって開単されました。それから現在に到るまで、歴代の瑞巌寺住職が僧堂の師家として雲水の指導にあたり、数多くの雲水もまた、瑞巌寺の住職を参禅の師と仰ぎ集いました。
今年は瑞巌寺専門道場が開単して100年という節目の年にあたります。この100年間、雲水の作法や規則、一日の流れといった修行の根本を成すものは、今日までほぼ変わっておりません。この企画展では、普段は目にすることのできない臨済宗の修行の様子を、写真や収蔵資料とともに紹介いたします。修行の雰囲気、そして臨済宗の宗風を感じて頂ければ幸甚です。
陽徳院は、元々は伊達政宗正室・田村氏愛姫の菩提道場として、慶安3年(1650)に開創された寺。大正15年(1926)に瑞巌僧堂が陽徳院内に設けられた。原則非公開。
坐禅中に眠気を催している者や姿勢が悪い者は、警策という1メートルほどの棒で肩を打たれる。夏は2回、冬は4回ずつ左右両肩に受ける。
盤龍禅楚は瑞巌寺126世。俗姓・葛谷氏のち松原氏。室号・江月室また瑞巌窟。明治38年(1905)、当山へ入寺し、大正15年(1926)、陽徳院に瑞巌寺専門道場を開単した。
把住は収入、放行は支出の意で、寺院における金銭出納帳のこと。
雪安居とは、8月から翌年2月までの半年間を指す。